「お客様に信頼され、尊敬される」(1083号)・・お客様に感動を提供するAZA

先週に続き稲盛氏の著書「経営のこころ」からお話させてください。お客様から「どんなことがあっても、あの会社からしか買わないんだ」と言っていただけるような状態になる。そういう境地に達し、お客様から尊敬されるような状態をつくっていくことが大事なのではないか・・という話です。弊社のお客様対応のクレドにも書かれている「お客様に感動を提供する」ことにも通じます。「京セラが始まって間もない頃、私はトップセールスでお客様をまわっていました。その頃はまだ中小零細企業であったために信用がなく、お客様に会ってもらえないことがたびたびありました。大きな会社の場合、正面の守衛室で「売り込みに来ました」と言っても、誰に会うという約束もないのに中へ入れるわけにはいかないというので、追い返されることもしょっちゅうでした。そういうことが続いていたとき、商売をするうえで、お客様から注文を取るにはたいへんな苦労が要るのだということを痛切に感じました。中でも「商売は信用が第一だ、信用されることがいちばん大事だ」と、耳にたこができるほど聞いていたので、確かに信用は大事だと思っていました。信用されるということは、お客様が望まれるような適正な値段、そして同時に、正確な納期と的確な判断による対応といったもろもろの約束を守り、誠実にビジネス、商売を行う。そうすれば自然とお客様の信用が得られていくわけで、それはある意味、当然だろうと思っていました。しかし私は仕事をしていくなかで、次第に信用以上のものがあるのではないかと思い始めました。信用されることは、そもそも当たり前のことだと。商売をするには信用がいちばん大事だといわれるけれども、それ以上のものがあるのではなかろうかと、だんだん思えてきました。そしてそれは、信用を超えて、尊敬されるようになることではないか。つまり、信用というものを超えてお客様から尊敬していただければ、おのずと注文ももらえるのではないだろうかと思ったのです。そうしたなかで、もしお客様と長い間の取り引きがあって、信用され、信頼感がうんと増してくると同時に、尊敬されるようになればどうだろうか。普通のセールスマンとは違って、その営業マンの立ち居振る舞い、言動、挨拶、そういうものを見ても非常に好ましく、人柄がにじみ出ている。つまり品格があるというか、ただ単に杓子定規に律儀というのではなくて、その上にさらにその人の人徳がにじみ出た品格を伴っているとなると、お客様から、京セラの営業の人間というのは素晴らしい男ではないか、素晴らしい人間ではないかと思われる。さらには、その営業マンの立ち居振る舞いが品格を伴っているものだから、京セラという会社そのものまでもが社格が高いというか、品格のある素晴らしい会社ではないかと思っていただけるわけです。また、お客様が「大切な部品を頼むのだから、あなたの工場を視察に行くよ」と言って、工場を見に来られる。そして、工場の中で作業をしている人たちの立ち居振る舞いや、お客様への感謝の雰囲気が漂う現場を垣間見て、やはりあの会社は違うというようにだんだん印象が変わってくる。ただ単に真面目で、一生懸命で、正確で、信用がおけるという以上のプラスアルファ、つまり人柄がにじみ出ている、会社の品格がにじみ出ているということを感じられると、「いや、どこから買うということではなく、京セラから買うんだ」となってくるのです。または、過去にもよくありましたが、営業の人間が非常に好かれてしまって、「どこから買うんじゃなく、京セラのあいつから買うんだ」と、お客様が言い出されるというケースに、私は何回も遭遇しています。それほど惚れられてしまう。それほど好かれてしまう。それほど尊敬されている。そうなってくると、相見積りをとって比べはしますが、値段や理屈を超えて、「ウチは京セラからしか買わないんだ」というようになってしまう。そこまでいくと私は、商売というのは非常にしやすくなってくると思うのです。だからといって高い値段で売ったり、いい加減な品物をつくって納めたのでは、信用も尊敬もすべて失ってしまうわけですが、そういう尊敬される状態になっていけば、ビジネスが非常にうまくいくのだと思います。つまり、商売の極意です。お客様から「どんなことがあっても、あの会社からしか買わないんだ」と言っていただけるような状態になってくる。できればそういう境地に達し、我々がお客様から尊敬されるような状態をつていくことが、私はいちばん大事ではないかと思っています――。

エンジニアリング事業部・最近の実績☆☆AtoZtoA