夏休み直前に金融機関の主催するセミナー「世界認識と日本の針路」を受講いたしました。講師は一般財団法人日本総合研究所会長・多摩大学学長の寺島実郎氏です。報道番組(経済)などではおなじみの経済批評家です。正しく世界を認識し、正しい針路をとるためには、物事の本質をつかむことが重要だと寺島氏。そしてそれは、経営者にとって欠かせない素養であるとも言います。「経営者は時代認識と格闘する職業です。いま自分が生きている時代の認識が、うすぼんやりとしている状態で経営をしてもうまくいくはずがありません。事実を見ることが大切です。過度にネガティブになることなく、正しい時代認識で、健全な危機感を抱きましょう。本当のことを見る力がなければ苦境からの反転攻勢は生まれません」かつてアジアトップの工業国家であった実績から、令和のいまでも日本がアジア経済の先頭にいるイメージを抱いていたり、日本はそこそこうまくいっているんじゃないか……と根拠もなく希望的観測で日本の状況を見ていたり。誤った見方で世界を認識しているビジネスパーソンが多いことに、警鐘を鳴らしました。では具体的にどうすればいいのか。数字を正しく見ることが大切と寺島氏は語り、日本経済の実体を解説するなかで、マクロ・セミマクロ・ミクロの観点から世界を認識することの重要性を説きました。「世界のGDPに占める日本の比重は、この20年で14%から5.1%に減っており、2030年には4%を割り込むとも予測されています。また、この20年で日本の基幹産業の約2割が圧縮され、さらに現役サラリーマンの現金給与総額は7.9%減っています。こんな状況下で、日本の名目GDPをこれからの10年間で127兆円増やし、2030年には663兆円にしようと政府は言っているのです。一方で、2030年度のCO2排出量を2013年度比で46%削減すると国際公約しているため、鉄鋼、自動車といった現在の日本の基幹産業が爆発的に発展することは見込めないでしょう。果たしてどうやって、どういう産業で、どういうプロジェクトで数値目標を達成しようとしているのか?肝心なのはそこです」物事を見る角度や距離を変えながら、部分的な情報ではなく全体的な情報を得たうえで世界を認識することで、いま世界で何か起きているのか、問題の本質はどこにあるのかが見えてきます。反面、インターネットが普及した現代は、全体的な情報を得ることが難しいと寺島氏は指摘します。「新聞の発行部数は今世紀に入って1700万部減っています。若い世代を中心に、情報はインタ-ネットで十分だとい万方が多いでしょう。しかし、新聞に比ペてインターネットは部分的な情報に偏りがちです。キーワードを入れて検索すれば自動的にフィードバックしてくる仕組みは、関心がある情報はマニアックなほど詳細に得られますが、関心がない情報は見えなくしてしまう。すると無意識のうちに枠にはめ込まれた情報だけを得るようになり、ひいては自分の頭で考えなくなります。自ら考え動くのではなく、機械のように、情報環境のなかで動かされていくのです」全体性や体系性のある情報から隔絶されつつあるいまこそ、広くさまざまな情報を得て、自分なりに深く考え物事を判断する”全体知”が大事であると、寺島氏は言います。具体的な数字や歴史的な背景を交えながら、独自の切り囗と歯切れの良い語り囗で、「いかに日本が世界で埋没しているか」という”健全な危機感”を語った寺島氏。最後に、今後の日本のあるべき針路を示して、講演を締めくくりました。「大切なのは、新しい産業構造の創造です。戦後、鉄鋼や自動車を基幹産業として外貨を獲得することで発展してきた工業生産力モデルだけでは、もう通用しません。そこで大切なのが、食と農、医療・防災、文化・教育を基幹産業とする産業基盤強化だと私は考えます。新しい産業構造を創造することこそ、日本の再生を可能にするのです」産業構造を変えるほどの抜本的な改革がなければ、今後の日本の再生はあり得ない。いまがまさに大きな変革を必要とする時代なのだと、正しく認識したうえで経営が出来ているだろうか。自分が担う産業は、この先の日本で発展しうるのだろうか――多くの参加者に対してそんな自問を促す、学び多き1時間半でした。経営者のはしくれとして、日本の復活に向けて微力ながら精進していくことを決意いたしました。最後に寺島氏が紹介していたご自身の最新著書である「人間と宗教・あるいは日本人の心の基軸」を夏休みの課題図書として読破しました。
エンジニアリング事業部・最近の実績☆☆AtoZtoA